パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です

コロナ療養記

感染経路は明白であり、自業自得で誰も悪くない。私は私の不注意で、乗りたくもない流行りに乗ることになってしまった。初めはごく一般的な風邪症状にも似たのどの違和感だった。エアコンのつけすぎかしらとも思ったけれど、熱を測ると37度で確信に変わる。私は基礎体温が著しく低くて、寝起きは35度とかなのでたった2度でもかなりしんどい。倦怠感が通常の風邪以上だということは、これまでに罹った経験者の療養エピソードで知ってはいたものの、自分と同じ重さの人間がずっしり覆いかぶさっているくらい体が重くて驚いた。丁度その日、シャンプーとリンスを切らしていて、体調が悪いのに詰め替えを試みたけどしゃがむことすら辛くて、地面にへたりこんだまま済ましたくらい。一人で暮らしているから体調の悪さには敏感で、仕事終わりにスーパーへ寄って、念のためポカリとのど越しの良い冷凍うどんやプリンなんかも用意していた。一人で生きることも随分と板についてきたなあと感心する。全然感心している場合などではない。その日はいつもよりも少し早めに寝た。

翌日、確実に昨日より悪化している。私の症状は主に倦怠感と頭痛と背中の痛み。のどに関しては少し前に罹った扁桃炎のほうが辛かったから、言うほど辛くはなかった。熱はこの時点で37.5度くらい。体感として、もっと高熱が出ているようにも感じたけれど、熱以外の症状のせいで余計にひどく感じたみたい。職場に電話して、休みをもらった。数か月前に上司はすでに罹っていたからか、熱で繁忙期の最中にもらう休暇については想像以上に寛容だった。徒歩20分くらいに内科があるが、炎天下のなか歩くことすらままならなかったため、申し訳ながらもタクシーで向かう。本当はだめだったかもしれない。第七波の只中にあって、きっと病院もとんでもなく混んでいるだろうと覚悟したけど、拍子抜けしてしまうくらい空いていて、かえって恥ずかしかった。医者はもう同じような患者を何百、何千と見てきているのだろうか。診察は30秒もかからなかった。検査に通されて、綿棒を鼻の穴めがけてめり込まれた後、数分待機するも結果はなんと陰性だった。そんなわけがあるかとも思ったけれど、発症後すぐは結果に反映されないこともよくあるらしかった。のどの痛みや熱に効く薬をもらって、帰りは徒歩で帰った。自宅へ戻り、プリンを食べて薬を飲んだ。まだ日の明るいうちに自宅にいる火曜日の後ろめたさよ。とめどなく流れてくる仕事のメールは未読のままそっと閉じて、普段は見ることのない昼間のワイドショーを横目にベッドに体を預けていたらすぐに眠ってしまった。夕方に目を覚ますと熱は38.5度を記録。これは確実に黒でしょうよと思いつつ、今は療養するしか方法はない。ゼリーを食べて薬を飲んでまたすぐに眠った。薬のせいか、体調が悪いからか眠くて眠くてたまらない。

さらに翌日、依然として続く身体全体の不調は相も変わらず。風邪で思い起こされるすべての症状が一度に襲い掛かってくるような感覚。インフルエンザよりもやっぱり全然辛いので、年寄りや子供は何日も続いたらそれはそれは耐えられないだろうなとさえ思う。再度病院へ行って検査を受けることにした。この日もやっぱり空いていたし診察は20秒で終わった。検査を受けてしばらく待機する。結果は陽性だった。最近の行動確認と周囲の感染者の有無、住所と緊急連絡先と職場について。国への報告のため、こと細かく記載しなければいけないらしい。新しい解熱剤をもらったが、もう薬局の中へは入ることができなかった。感染症対策で外に処方箋を入れるポストが置いてあって、まだまだ5類になるには時間がかかるだろうなと思った。

再度、職場へ陽性の報告をすると10日間の自宅療養を命じられた。以前までは2週間だったがいつのまにか制度は変わっていたらしい。まだ倦怠感の残る身体をゆっくりと運びながら重い足取りで自宅へ帰った。彼氏や友人や親や同期はそのあとも甲斐甲斐しく連絡をくれたり、食料を届けてくれるなどして、とても助かった。周りへの感謝を忘れてはいけないなと月並みにも思う。それからおよそ2日~3日ほどで症状は快方に向かい、恐れていた急変や悪化にはつながらなかった。まだ重症化を免れたのは、疑心暗鬼にも打つことを選択したワクチン接種のおかげだろうか。

症状の変化も通常の風邪とは大きく異なる点がいくつかあった。体の痛みがなくなると同時に激しい咳が襲ってきた。体内で死滅した白血球たちの死骸。私の体を未知の病から必死に守ってくれてどうもありがとう。噂には聞いていたが、その後すぐに味覚・嗅覚症状が現れる。鼻炎持ちのためにおいを感じなくなる経験は今までにも何度かあったけれど、それとはまた違っていて鼻は通って、呼吸のしづらさもないのに匂いが全くしないのだ。これがささやかにも感じられる、レベルの話ではない。全くしなかった。元気な頃に作った茄子のミートドリアは腐ったおからのような食感と風味を感じてとてもじゃないけれど完食できず、捨ててしまった。嗅覚は一切感じないけれど、味はおかしな物に書き換えられて脳に届くといった感じだ。何もかも美味しくなかった。これがかれこれ5日間ほど続き、しばらくのあいだゼリーや飲み物中心の生活をした結果、3キロほど痩せた。かろうじて食べられたものは柑橘系のゼリー、アイス、ポカリのみ。ポカリは味やにおいを感じないはずなのに、舌のうえでポカリだということが認識できて不思議だった。

部屋の中にある芳香剤や、トイレの消臭剤をゼロ距離で嗅いで毎日確かめていたけれど、ほんの少し、はるか遠くに香るだけで、あとは想像上のすでに知っている香りを脳が補正しているような感覚だった。個人的に不調だった時の症状よりも、こちらのほうがよっぽど辛かった。今まで、五感のうちどれか一つを残すとしたら無類の音楽好きとしてまず間違いなく聴覚だったけれど、嗅覚と味覚はそれと同じくらい失いたくない。味と匂いがある世界が当たり前すぎて気づかなかった。失う五感の中に含まれてなかった。私はこれまでとても幸せに生きてきたんだな。

そして現在、上司が自宅まで届けてくれた社用PCを使って在宅勤務が可能となり1週間自宅で仕事をした。月に6回の在宅勤務が義務付けられているから不自由はしなかったものの、私の憩いの場である自宅に5日間も仕事を持ち込むなんてことは心穏やかではなかった。職場と住環境が分かれていることは、とても重要なことなんだと思う。出勤が何より苦痛だったのに、心から出勤とそれに伴う「移動」を望んだ。これも無くならない限り私は感じるはずもなかった。

身体が元に戻ったあとの自宅療養は、世界から私ひとりぶんの空間が切り離されているような感覚。絶対的な安全性は保たれているけれど、毎日変わらない景色はとても退屈だった。動物園の動物たち、水槽の中の熱帯魚、ペットショップの犬や猫たちは、日々どんな気持ちでいるんだろう。まだ目前に人間が往来するから、寂しさとはまた違った思いだろうか。もとから自他ともに認める極度の出不精であり、自宅が大好きな私でさえ、少しでも外の空気を吸うために頻繁に玄関に出て空気に触れるなどしていたくらいだから、アクティブな側の人間にとっては相当酷だろうなと思う。日々違った景色が見られる生き方が向いているらしい。たった10日間では世界の全容はきっと少しも変わらないけれど、人々の記憶から私の存在が消えてしまうような焦りを感じて、寂しいと思った。大袈裟にも聞こえるけど、ちょっと病んでた。

少なくともこの療養期間が適用されている間には、もう罹りたくはないなと思う。五類になって通常の風邪という扱いになったらば、もう一度、いややっぱりもう二度と罹りたくないと思う。懲り懲りだ。これからも人一倍感染症対策を講じながら、健康で文化的な生活を送ることができますように。皆様もどうかお気をつけて。