パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です

出雲旅行記③

次なる目的地は、この旅で一番楽しみにしていた出雲日御碕灯台だ。実のところ、私は灯台が好き。本当に大好き。青い空と海に、凛とそびえ立つ白い灯台。船人の安全を見守り、暗い海に光を照らす道しるべ。時に二人の未来を見つめる場所、という意味を込めて恋人の聖地にもなっていたりする。そういったロマンチックな一面も含めて、とても魅力的だと思う。日本にある3,000基の灯台のうち、中に入って頂上まで登ることができる灯台が16基ある。そのうちの一つがこの出雲日御碕灯台なのだ。更に、石造りでできている灯台の中で日本一の高さを誇るというのだから、絶対に登ってみたかった。

稲佐の浜からバスが出ていたけれど、1時間に1本ほどしかなく、帰りの時間のこともあって難しかった。近くの民宿でタクシーの番号を聞くことに成功し、ほどなくして出雲観光のタクシーが現れた。旅先でタクシーに乗るのは新しい発見があって楽しい。道中、タクシーの運転手さんに日御碕灯台の混雑状況を尋ねながら、出雲大社稲佐の浜にまつわる伝説の話をしてもらった。してもらったが、運転手さんの声が小さくて正直全く聞き取れなかった。私は歴史についての知識が乏しくて、これまであまり興味すらなかったけど、知っていればこうして旅先を訪れた時により深く楽しめることもたくさんあるんだろうと思う。きっと人々はそれを、教養と呼ぶ。

日御碕灯台までの道のりは、海沿いの山道を駆け登っていく。山道から眺める日本海もまた広大で美しかった。タクシーの運転手さんから、日御碕神社について教えて頂いた。国の有形文化財に指定されている由緒正しき神社だそうだ。東海圏では身近な伊勢神宮が「日の本の昼を守る」に対し、日御碕神社は「日の本の夜を守れ」と勅命を受けたとのこと。これだけ聞いてもなんだか昔の逸話にワクワクする。さらには、出雲大社の「祖神(おやがみ)さま」として崇められているらしい。出雲市に来なければ一生知ることすらなかったのだと思うと、旅の行く先は行くべき時に行くべき場所に誘われるものかとスピリチュアルに思いを馳せた。日御碕神社はすべて鮮やかな朱色の境内が圧巻だった。実はここからは時間の勝負で、出雲市駅に17:00までに戻らなければならない。申し訳ながらも足早に参拝を済ませて、走って灯台を目指した。

徒歩10分ほどの坂道を駆け上がると、岩に無数の鳥が留まっている不思議な光景が目前に広がった。後から知ったけど、経島(ふみしま)といって国の天然記念物であるウミネコの繁殖地なのだそう。カモメかと思った。

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しばらくすると鮮やかな貝殻を販売しているお店や食事処が賑わいをみせてきて、観光客も増えてきたところに出雲日御碕灯台が見えた。確かに、これまで訪れた他4基と比べるとずいぶん大きく感じられた。断崖絶壁にあって海と空のロケーションも素晴らしい。記念に写真を撮っていると後ろから「この灯台は何mだと思う?」と角で絵を描いているおじさんに声を掛けられた。灯台を初め全国を回って美しい景色を絵にしているらしい。こういう老後も素敵だな。唐突な質問に狼狽えながら300mと答えた。43mだった。

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おじさんには絵が描ける以外の特技があり、占いができるんだ息巻いた。おそらくは占星術で、生年月日を聞かれた。女26歳、先の人生について気になるお年頃。話半分に占ってもらった。出雲の果てで出会ったおじさんにはこの先もう二度とお会いすることはないのかもしれないと思うと、袖振り合うも他生の縁という言葉が過る。こういった出会いも旅の醍醐味だ。おじさんに笑顔で見送ってもらって、いよいよ灯台のなかへ。鉄のらせん階段が163段と続き、人ひとりがやっと通れるくらいの狭い階段を慎重に上っていく。上から降りてくる人がいて、そのたびに道を譲らないと通れないほどだった。163段は大したことないと思ったけれど、ほぼ垂直に続く階段がかなりキツくて一日中歩いて疲労の溜まった足腰にかなり響いた。上り終えて扉を抜けると日本海が一望でき、絶景が広がっていた。ただ、43mは思っている以上に高くて更に海が真下に広がっているので、さすがに足がすくんだ。風にあおられる浮遊感と、海に向かって引き寄せられるような感覚があり、怖いと見たいのせめぎあいで何度も中に入っては、恐る恐る覗き見るようなしぐさを一人でしていて結構怪しかったと思う。人生で2基目の登れる灯台。地図で自分の現在地を確認して、一人きりでこんなところまでやって来たのかと、非日常を存分に味わった。


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この旅でよくわかった。見たい景色も、食べたいものも、わたしにはまだ山ほどあるようだ。それらを日々の忙しさにかまけていつかいつかと先送りにしてしまうと、きっとそれらは次第に「したいもの」では無くなっていく。体力や財力よりも先に気力が削がれていき、もうどこへも行けなくなった頃に、あの時に決意しても決して遅くはなかったのに、と後悔してしまう。私はそういった後悔に苛まれてしまうことを何より恐れている。随分と使い古された言葉だろうけどたった一度きりの人生、目標も夢もなるべく早く、まだ「したいもの」であるうちに叶えておいたほうがいいはずだ。

一人旅は孤独のようにも思えるが、一番気の合う自分と二人で旅している感覚が常にあって、不思議と寂しさはなかった。まだ私は健康で、足腰も丈夫であり、自分に使える時間と資金は十分にある。これからもまだ知らない街の景色を、食べたことのないその土地のものを、自分の思い出として体験していきたい。