パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です

旅行記①Sunrise Express Izumo

2022年5月6日。午後休をもらい、仕事終わりに駅のコインロッカーに詰め込んでいた大荷物を取り出して、いそいそと東京へ向かった。朝からずっと、これからはじまる一人旅のことを思って心が落ち着かなかった。今回の目的は東京ではない。今回の目的、それは「定期運行している日本最後の寝台列車に乗ること」かねてより、わたしは寝台列車に乗ることにとても強い憧れがあった。初めて寝台列車を知ったのは確か高校生の頃。tumblerというSNSヘッドマークがタイムラインに流れてきたことがきっかけだ。ピンク色の海に浮かぶ妖精が行き先を指し示すような絵が描かれていて、その下にTwilight Expressとある。

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その絵がとても素敵で、一時期待ち受けにしていたこともあったくらいだ。一度この目で本物のヘッドマークを見てみたいと思っていたけれど、私が知った頃にはすでに、他の交通機関の発達によって廃線を余儀なくされていた。いまは「トワイライトエクスプレス瑞風」なるものが新たに走り出している。しかしそれは、一泊50万円ほどする高級な寝台列車で、定期運行はしていない。今の私にはとてもじゃないけれど手が届きそうになかった。乗りたかったのにと、半ば諦めかけていた矢先に出会ったのが、この「サンライズ出雲」だった。

駅は仕事帰りのサラリーマンの姿が多く、大型連休の浮足立った様子は鳴りを潜めてしまっていた。それにしても、東京駅は何度行っても迷う。田舎者に厳しすぎる。どうしても駅弁が食べたかったのに、どれだけ探しても売り場が見当たらない。デパートで客引きをしていたおねいさんを呼び止めて、恥ずかしくも駅弁のありかを3人くらいに尋ねて回った。私のことを誰も知らない土地にやって来ると、たちまち大胆になれる。どうやら、改札を抜けなければいけないようだった。乗車にはまだ3時間もあるけれど、改札を抜けて買いに走った。駅構内はさすがに人でごった返していて、帰省をしていたであろう家族連れ達がキャリーケースを忙しなく引いていた。疫病の流行も、元通りになりつつあると感じた。ようやっと目当ての駅弁屋さんを見つけられて、時間はまだたっぷりあったので、駅弁ランキングのサイトと睨めっこしながら「焼き鯖寿し」を買った。おいしいらしい。

特大の荷物を持っていたためか肩を壊しそうなほど重たくて、力尽きて地下の休憩所で小一時間ほど本を読みながら過ごした。この旅のために宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』と西村賢太の『苦役列車』を用意していたのだ。こんなにも東京を持て余してしまったのは初めてだ。片道11,500円もするのに。さておき、発車時間まであと1時間を切ったあたりからどうにも待ちきれず、ホームへと向かった。すると、発車20分ほど前から駅に入線してくるとのアナウンスがあった。調べによると5分前にしか入線してこないから、最前の面構えを写真に収めるのは難しいだろうとネットに書いてあったのに。アナウンス通り21:25、合図と一緒にサンライズ出雲が威風堂々とやってきた。2階建てなので、普段見る在来線や、新幹線よりもずっしりと大きくて存在感がある。サンライズ出雲は独特な顔をしていて、なだらかな曲線と色合いが少しだけヴォルデモートに似ていた(笑)サンライズを模した赤色のマークが印象的で、初めて見る車体に年甲斐もなく胸が高鳴った。

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おんなじように様々な画角から写真を収める言わゆる「撮り鉄」の男の人が複数名いたので、ひたすら後を追いながら似たような画角で邪魔にならないよう私も撮影を試みた。ちなみに私はどちらかというと乗り鉄です。車内は住宅メーカーのミサワホームが携わっているとかで、洗練されていて思いのほか広く感じられた。たった一人分、およそ一畳ほどのベッドと天井まで広がる大きな窓があって、写真で見るよりもずっと景色が綺麗に見れそうだった。私の部屋(座席?)は念願の2階にあり、更には喫煙可能というこれ以上ないほど贅沢な空間だった。部屋には暗証番号式のロックがあって、女性でも安心して泊まることができる。ささやかな洗面所と、トイレ、そしてシャワーカードをもらうと共用のシャワールームが使える仕様になっている。


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いよいよ発車のとき。まだ東京駅構内には大勢の乗客がいて、その中でサンライズ出雲を知っている人たちは手を振ってくれて嬉しかった。いつもより少し高い目線から見る駅に新鮮さを覚えながら、都会の街並みがゆっくりと横に流れていく。部屋の常夜灯を消すと、さながら銀河鉄道そのもので夜に吸い込まれていくような気がした。22:00を過ぎてさすがに空腹を感じ、遅めの夜ご飯。移り変わる街並みを眺めながらの駅弁はいつもよりもずっとずっと美味しかった。適当にコンビニで調達しなくてよかった。どうせなら、心ゆくまで楽しみたい。

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一晩中電車に揺られるので、乗り物酔いを心配していたけれど、思った以上にサスペンションが効いていて心地よい揺れだった。寝台列車だからか、電車の走る音や金属が当たるような音もどこか小さくて静かな夜だった。ふと、小さいころ夜中に熱を出して夜間病棟へ向かう時、親の運転する車の後部座席で横たわりながら見た街灯を思い出した。うつらうつらしながら流れる街の灯りとリンクした。お腹も満たされた途端、つよい眠気に襲われる。ベッドに横たわっても大きな窓から街の灯りと、雲の切間からほんの少しだけ星が見えて、眠るのがもったいないほどの幻想的な夜だった。何度も横になったり、身体を起こしたり。きっとほかの乗客も皆同じような様子だったに違いない。普段から深夜が好きで、好んで夜更かしをする私はいつもと違う夜の世界を独り占めしている気分になれて本当に楽しかった。


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朝、普段は目覚ましが鳴っても起きられないくらい寝起きが悪いはずなのに、5:00に目が覚めた。いつのまにか空は明るんでいる。日頃の行いが良いためか、清々しいほど気持ちの良い晴天に恵まれた。通過しているのは姫路あたり。まもなく日の出の時間が訪れてこれぞ「サンライズ出雲」の名にふさわしく、美しい景色を見ることができた。ちょうど川に差し掛かるところで、川面に映るオレンジ色の朝焼けが本当に綺麗だった。これだけは一生思い出すんだろうな。


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朝ご飯を食べてもう一度眠ってしまったら、すでに島根県に差し掛かっていた。途中、宍道湖(しんじこ)が目先に広がり、湖のうえを走っているみたいで気持ちがよかった。

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到着が近づくにつれて、降りるのが惜しくなった。そもそもわたしは昔から乗り物が好きで、自分の足ではない何かで遠くへ連れて行ってもらえる感覚が大好きなのだ。車も電車も、目的地を前にすると、あともう少しだけ乗っていたいといつも思う。一晩中乗せてもらえた寝台列車は、私にとってとびぬけて幸せな体験だったのだ。時間通りの09:58。5月7日の山陰の空は青空が広がっていて、さわやかな風が脇を通り抜ける。12時間の夢のような時間を経て、出雲市に到着した。