パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です

ロックンロールはジャンルじゃない

ザ50回転ズのライブ行ってきた。ほくほくと興奮しながら帰路に着いています。今夜はまだ、眠れそうにない。ザ50回転ズのライブの後は決まってキーンと揺れる鼓膜の余韻を耳に感じながら、なんの音楽も聴かずに帰ることが私にとっての定番なのだ。なんだか、今夜目の当たりにした感動が薄れてしまうそんな気がしてこの耳鳴りさえも消えてしまうのが惜しいのだ。

彼等のロックンロールには大爆音が何よりお似合いで、更にいうと出来るだけ小さなライブハウスがお似合いだ。熱苦しい熱気で充満した箱の中でひしめきあう人たちは、性別も年代も見事に皆バラバラでいて、これまで決して交わらない人生だったけど、今日ここで同じバンドのライブに来たという共通点を持っていることだけは確かである。いつも一人きりで聴いている音楽を知っている人間がこの世にはこの箱を埋め尽くすほどいることを知ると、大袈裟だけど私は一人ではないのだと心強く感じられるのだった。

結成から15周年を迎えても、ライブハウスで見る顔ぶれはこれまでとあまり変わらない。常連の人たちが最前列を牛耳っているのを、私はいつも微笑ましく2列ほど後ろから眺めている。彼等のSEは、Dr.Feelgoodの『Riot In Cell Block Number Nine』赤く照らされたステージに勢いよく入ってくる3人を見るやいなやわたしたちは曲に合わせた手拍子で彼等を迎える、最高にかっこよくて心躍る瞬間だ。

彼等の音楽は所狭しにR&Rが宿っていて、さらにはGarage PunkやBluesを感じる曲がある。父が好きだったHard Rockとは全く異なっていて、無骨なヴォーカルスタイル、乾いたチープなギターサウンド、シンプルなコード進行が特徴的。若者の等身大の日常や世界観を持ったバンドが多い。そうだ(Wikiより)。それを知ったところで、だからなんだというか、私は音楽が一つのジャンルに捉われてしまうことをあまり好ましく思っていない。受け手によって変わるものであったり、バンドは進化を遂げながら変わっていくこともよくあるから一つに括ってしまったら窮屈で、そんなのって全然ロックンロールじゃない。

ザ50回転ズの曲は海外からたくさんの影響を受けていて、変わらないスタイルを貫き通しているのは伝わってくるけれど、果たしてそれは本当にPunkなのだろうか?Garageだろうか。彼等は彼等の信じる音楽を今日までずっとライブハウスで鳴らしている。ザ50回転ズという名前のロックンロールが一番正しいのだと思う。どんなバンドとも替えがきかないような、たったひとつで唯一無二の最高にかっこいいロックンロールをしている。年間数百本にも及ぶライブをこなすギターテクニックは、右に出るものなんていない。少なくとも、私のせまい世界のなかでは。何より彼等の音楽は、ただ聴いていることができずに気が付けば腕を力強く突き上げてしまうような、体が疼いて踊り出してしまうような、会場にいる全員を夢中にしてしまう魅力がたくさん詰まっている。

聴いた話によれば、彼等は他のバンドとは違ってメディアを通じて売れることを願っていないという。もっとメディアに出れば、もっと今時の格好をして(今時の格好ってなんだろう)広告やSNSの宣伝に力を入れればいいのにと思うこともあるけれど、ここにもきっと自分達の音楽が分かる奴だけに届けばいいといった強い信念があるんだと思う。知らんけど。私はもっと有名になってほしい、なんて浅はかにも思うけど彼等が望む音楽が出来ているのなら、他に必要なものなんてないんだろうな。

何度行ってもチケットとドリンク代以上の喜びと感動を胸いっぱいに残してくれる。彼等の掻き鳴らすバカバカしいロックンロールを聞くたびに、味気ない毎日を生きていく活力をもらっている。ふと、この素敵な時間が永遠ではないことを思い知らされる瞬間がある。私の悪い癖でもあって、今を楽しむことよりも終わりが来ることを想定して身構えてしまうのだ。失いたくないなと思うけれどその度に、彼等に出会えなかった人生よりも彼等に出会ってから生きる人生のほうが何倍も、何十倍も豊かであることを忘れてはいけないと思う。だからいつかの別れに後悔しないように、こうして足繁くライブハウスに通っている。やっぱり大袈裟だけど、彼等の音楽にたくさんたくさん救われてきたからこそ言える。これからも彼等が音楽を届けてくれるかぎり、誰が何と言おうと、私はザ50回転ズの大ファンであることに変わりはない。