パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です

20200812

わざと部屋の一番目立つところに、あの夜引き渡された大きな紙袋を置いている。そのなかにはわたしが使っていたパジャマとエプロンと洗面用具、そしてもう二度と元に戻ることはないという強い決意が、丁寧に畳んで入れられていた。部屋に入るたびにわたしはその紙袋をしばらく見つめ、まだ微かに残る柔軟剤の香りを嗅いで、日に日に薄れていくことを思い知る。これをひとつの指標とし、じきに消える香りと共に、ふたりの終わりを思い知るのだ。

あの日わたしは去っていく乗り慣れた車のテールランプがやさしく点滅しないことと、運転席の窓を開けて振る手が見えないことをしっかりこの目で確認したあと情けなく駐車場の縁石にへたりこみ、しゃくり上げて泣いた。深夜0時をすぎたアパート前の大通り、わたしを見てギョッとしたまま横を通り過ぎる通行人を気にも留めずに。一向におさまる気配がなかったため夜遅くに忍びないなと思いながら、信頼できる人に立て続けに電話をかけてわたしが泣いている理由を一方的に話し続けた(迷惑な話だと思う)慣れたもので(こういった事態がこれが初めてではないから)電話の向こうの人は励ましの言葉を並べて、泣き止むまでわたしの話を静かに聴いた。深夜、泣きすぎたせいか横隔膜が痛み、そのせいで何度も何度も目が覚めた。染み付いた習慣はこんなことで簡単に崩れることなく、いつも通り6時13分に起きて朝のニュースをながめていたら視界に紙袋がみえてまた泣けた。とくに意識しているわけでもないのに、溢れ出てどうにも止めることができないそれに抗うことを遂には諦めて、醜く腫れたまぶたにいつもより丁寧な化粧を施すのだった。

この苦しみは四苦八苦のうちのひとつ愛別離苦というんだそうだ。それは愛が強ければ同じだけ苦しみもひときわ強く残るという意味のそれだ。かつてブッダ愛する人と死別し"こんなにひどく辛い苦しみを背負うものは自分以外いるはずがない"と嘆く女にたいして「その苦しみを忘れたければ"愛する人を失ったことがない家"だけで採れる果実を探してくるといい、それを食べれば治癒するだろう」そう説いたそうだ。女は、来る日も来る日も探し歩くのだが果実以前に、「"愛する人を失ったことがない"家」を見つけることが出来なかった。ブッダは、愛別離苦は誰にでも起こりうる苦しみの一つであり、愛がこの世の真理(人はやがて死ぬこと・出会った者はじきに別れるということ)から目を背けさせるゆえに、愛を向ける矛先を失った途端、真理を目の当たりにし、苦しむのだと説いた。乗り越える術は、果実を見つけることよりも先にこれらを全て受け止めるほかないのだとも。

今日は近年稀に見る酷暑だった。夕沈みが息を呑むほどうつくしくて、ダイエット中だったけど通りがかったコンビニで新発売のスイーツを思わず手に取り買ってしまった。ふと、愛別離苦についての法話も、巷の失恋ソングも、「失った側」のきもちしか記されていないことにようやっと気づく。わたしが忘れてはならないのは、些細な身の上話を打ち明ける最も身近な人間が手の届く範疇にもういないことと、わたしは真にひとりだということ。そうしてそれを望んだのは、この苦しみを持ってしても一人でいることを選んだのは、まぎれもなく自分だということ。f:id:rccp50z:20200816015427j:image