パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です

すがる

祖父の納骨式のあと、ちえこさん(父方の叔母)からひさしぶりに会わないかと連絡が来た。祖父の葬式で会ったのが十数年ぶりで、それまではお互いの存在にさして興味がなかったんだろうとおもう。知ろうともしなかったし、知ってほしいとも特に思わなかった。

幼い頃、ちえこさんの身振り手振りの大きい話し方や、おおげさなリアクションが子供ながらにおもしろおかしくてよく二人で笑い合った記憶が多い。母とはやっぱり仲が悪いので、自由に会わせてもらえることは少なく祖母の認知症が発覚してからは父を介して会いに行くことも無くなっていた。

そんなちえこさんからの誘いは少なからずうれしくて、どんな話をしようか、どんな話を聞こうかほんの少し緊張しながらもむかえたその日。最近の身の上話をしている時にふと、ちえこさんから「最近悩んでいることはないのか?」とたずねられた。もちろんあるけれど、、と伝えたところで「そういうことは早く解決しておかなくちゃ、そういえば神戸にとても有名な信頼できる力を持った人がいてね、その人に話すと心が軽くなって、悩み事が晴れて、何事も良い方向に進んでゆくのよ。」まずい、と思った。これはおかしな話だと感じた。かねてよりわたしは自分の身に降りかかる危険にたいする勘は鋭いほうだ。第六感をしんじている。それは、すなわち、いわゆる、宗教の勧誘だった。

しばらく関わり合いのなかった姪を、突然食事に誘ったのは、身の上話をとことん引き出していたのは、すべてこの瞬間のための時間だったのか。この本質的なことを口にせず、察しを求める薄気味悪い感じ。察するまでに要した時間約0.2秒、悲しくなった。

そこからのわたしは早口で捲し立てるように「わたしは悩んでいる、この悩みは日々尽きることはなくなんと毎日増えていく。けれど、わたしには助けを求めればすぐに駆けつけてくれる人と、道を逸れないよう指導してくれる人と、どうしようもない悲しみに暮れたとき話だけを真摯に聞いてくれる人、周りにいるからそういうの、わたし全く必要ない。全然いらない。」一息にそう伝えて、でもせめて空気を悪くしないようにと、そのあとは必死に盛り上げを試みた。残ってる食事をかきこんで、そそくさと帰ってきた。わたしにすがる場所なんて必要ない、わたしはそんなに弱くない。舐めてもらっちゃ困る、こうしてめずらしく腹を立てながら。

2020年-元日-

近所にある氏神様のもとで「仕事御守」を買った。毎日持ち歩いている。いつもは財布に入れているけど、不安に苛まれそうなときはスーツの胸ポケットにいれて、手を添えて願いを込める。長野県にあるパワースポットに足を運び、有名な石仏様のもとをおとずれて、その周りを願いを唱えながら三周回って、手を合わせた。その石仏様ならではの唱え方がご丁寧にそばに掲げてあってから、しかと守った。するとどうだろう、最近仕事が順調な気がする。気がする。関わる人たちがみな素晴らしく、世界が光に満ち溢れている、気がする。良い 気 がわたしのまわりに渦巻いているようかんじる。感じるだけかもしれません、でもありがとうございます。そう感じることさえ今までしなかったから。お礼参りにいかなくては。ふと、ちえこさんのことを思い出した。目に見えない力にすがり、信仰をもつことは、もしかしたらよい行いなのかもしれないな。