パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です

春になるまで帰らない

あなたとの夜を、何度想像しただろう。あなたとの夜を何度、想像しただろう。あなたはとっくの昔にもう人のもので、手には入らなくて、手に入れてはいけなくて、だからこそ欲しくて、でも決して多くを望んだりしなかった。

だから、二人きりの時間を過ごそうとあなたから言ってきてくれたときはどうしようかと思ったわ。今までどれだけ我慢してきたことか。好意を伝えたときもあったけど、本気に思われたくなくて、おどけてみせて、でもずっとわたしはずっと、こうなりたかった。今日という日が早くきてほしいような、一生来ないでほしいような。身悶えるきもちで約束までの二週間を過ごした。何度も頭の中で想像していたあなたのキスをせがむ顔はずっと真面目で、どこか間抜けで、いつも見る顔とまったく違って見えた。やっと見せてくれた二人のときにだけ見れるその表情だけで、天にも昇る思いがしたの。行為に至ることができたのが重要ではなくて、そういうきもちをね、あなたもわたしと同じように抱いていたという事実がただただ嬉しくてたまらなくて、最初から最後までウワノソラだった。毎分単位で、今、わたしは一年前に恋焦がれていたあなたの腕の中にいることを実感して、噛み締めて、胸と体に深く深く刻んだの。あなたの身体は熱くて、なめらかで、だけどがっしりと強い男の体をしていた。そう言えば鍛えているんだって自慢気に話してたっけ。

わたしね、周りの女の子より体がおおきいことが自分の最もキライなところだったのに、抱きしめてくれたときに想像より小さいんだね、骨格とか。こうしてみなきゃ分からなかったって言われた。あなたが大きいからそう思うだけだろうと思ったけど、わたしにとってそれは最大限で、究極の、女の子扱いだったの。わたしの体を優しく撫でるあなたの手は温かくて、太くて、触れた部分からどんどん熱が上がって行くような気がした。その手がわたしに触れていることがそもそも奇跡のような夢のような出来事で、わたしはどうしてもこの喜びを一人きりで消化するにはしばらくの時間を要すると思って、いまあなたに送り届けてもらったその足で、朝焼けの中を歩いて早朝のファミレスでモーニングを食べてる。

だけどやっぱりどう考えたって、夢だったんじゃないかとおもう。夢だよって言われたとしてもやっぱりそうですかハイわかりましたって納得してしまうくらい現実味がない。例え夢だったとしても、わたしはなんていい夢を見たんだろう。やさしくやさしく包み込むように抱いてくれた。あんなにゆっくり愛してくれるとは思わなくて、やっぱり想像とは違ったわ。何度も見てきたあなたの眼差しを独り占めして、あの時間だけはきっとわたしのもので、間違いなくわたしも、あなたのものだった。ぜったいに秘密の、わたしとあなただけの重大なかくしごと。一夜のうつくしい事件を、誰かに聞いて欲しくてたまらなくなるけれど、絶対誰にも話したくなんかない。そんなきもちは初めてで。こんなことがあったら、いつものわたしならすぐにだれかに連絡してしまうけれど、この話を口にするたび思い出がどんどんすり減って遂には消えてしまうみたいにおもえて、きっと誰にも話さない気がする。

勝手な想像よりずっと柔らかなくちびるを、下唇ばかり吸うキスのくせを、優しく触れる指先を、おおきなあなたの体つきを、ずっとわたしだけのものにしたかったたくましい腕を、わたしの前だけで見せてくれたいつも通りの笑顔を、ホテルに至るまでの恥じらいを、ホテルを出たAM5:30の空の明るみを、火照った体をほどよく冷ますまだすこし肌寒い春の朝焼けを、道沿いに咲く七分咲きの梅を、舞い上がるきもちを、行き場のない切なさを、わたしはきっと、今日からずっと、忘れることはないのでしょう。たとえ忘れたとしても、いつか薄れたとしても、春がくればいくらでも思い出せる気がする。