パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です

椿町発展街②


椿町発展街①


「だってそうでもしないと、

別れてくれなかったんだから。」

 

丁寧に整えられた爪と、細長い指のあいだにタバコを持って、深く吸い込んで吐き出す煙の中にみえたあまりにも悲しい表情に、おもわず見惚れていた。

アザミさんの横顔が好きだ。高く筋の通った鼻梁、腰まである長い髪をかける小さな耳、顔の輪郭そのすべてが、うつくしいひとだった。

21歳で結婚し一度店をやめ、離婚を機に先月戻ってきた店のナンバーワンアザミさんが打ち明けてくれた昔話を、待機時間に聞いていた。週の半ばのこの時間に来る客なんて殆どいない。互いの指名客がくる予定時間まで余裕は十分にあったから、暇つぶしがてら話をする予定が、思いのほか踏み込んだ内容にまで発展してしまった。気まずい素振りを醸し出すことすらも失礼にあたる気がして、さほど興味がないふうな顔を装って、一言一句聞き逃さないように聞いた。

元夫と呼ぶことさえも愚かな男の嫉妬と束縛は想像を絶するもので、表向きは専業主婦であったものの、その内訳は監禁に程近いものだったらしい。外部との交流はすべて禁止されたその異様な結婚生活に耐えられるはずもなく、結婚してまもなくアザミさんから別れを切り出した。無論、一筋縄ではいかなかったようだ。

一度、店に出勤してくるやいなや大声で泣き出し、傷だらけの足を抱え込んでうずくまるアザミさんを見かけたことがあった。ひどく酒に酔っていてその日はずっと裏方にいた。きっとあの日その男との離婚に関するやりとりのすえに暴力を受けたのだろうと思う。暴力のひとつやふたつ、やりかねない。

やっとの思いで離婚を承諾されたにも関わらず、要件を飲み込むために突き出された条件はお金だった。愛も、情すらも感じられないその選択に、落胆するアザミさんの表情は安易に想像できた。別れ際に金を引き合いに出してくるなんてアザミさんに見合わない、さぞかし下品な男なのだろう。「わたしなんで間違っちゃったんだろうね。子供がいなかっただけ、まだ救いよ。」鼻梁にシワを寄せて笑う独特な微笑みは、悲しげだったけれどいつも以上に美しいと思った。大人になると女は悲しいときほどよく笑うようになってしまうらしい。

結果、自由と引き換えにその男に貯金300万円をすべて渡して家を出た。決して安くはない金額に対して、1mmたりとも後悔はないと言った。

そんな話が終わる頃には、「まあ昔の話だけどね」なんて愉快に笑い飛ばしていた。わたしも合わせて笑った。しばらくしてアザミさんの指名客が訪れた。大手商社の代表取締役を担う、この店では名の知れた常連客だ。

「そんな男には絶対、引っかかっちゃダメよ?」なんてひとかけらの説得力もないアドバイスを投げかけて、客席に向かうアザミさんを目で追いかけながら思う。

やっぱりアザミさんの横顔が好きだ。

ここは椿町発展街、おんなのこたちは過去の記憶もあの時の感情もねじ伏せながら、今日も、笑顔で。