パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です

アルティメットバカの定理

人様にご迷惑をおかけしない そう決意した2日後に先輩の車の中に定期をわすれて わざわざ届けに御足労をかけさせる。時同じくしてその日11万円もする身につけているものの中で最も高価な財布を道に落とすが 親切なおじいさんが家まで届けてくださる(三ヶ月ぶり二度目)バイト先の制服が衣替えしたことをすっかり忘れ 通りすがりの見知らぬパートのおばさんに冬用のシャツを借りる。など、確固たる決意とは裏腹に 自分の至らなさ故に 人様に迷惑をかけまくることこの上ない バカにつける薬はどこにありますか?

大好きなバイト先の社員との一番の思い出。

誰に対しても 辛辣な言葉を投げかけてくる人だったけれどそこに悪意や他人をいたらしめようという感情は一切なく ユーモアたっぷりに口にし、かつその全てで笑いが取れてしまう滑り知らずのカリスマ関西人だった。だからそれを本気で咎める人間も、その人を嫌う人間も居なかった。 今でも忘れられないその人と初めて会った日にたった数時間、わたしの仕事ぶりを見て放った一言「おまえは頭のネジ、外れとるわけちゃうけど全てがゆるっゆるやな!」あまりの無礼さに衝撃を受けつつも 長年言い表せずにいた自分の性格を的確に言葉にされ呆気にとられてしまった。だってまさしくその通りだったから。わたしは、頭のネジが、すべてゆるゆる。何度も自分の中で反芻し わたしは人からこう見られているのだと深く心に刻んだ一言だった。

いまでもわたしはドジを踏むたびにこの言葉をふと思い出す ああ またゆるゆるのネジが取れたんだ。人より取れやすくなっているそのネジの締め方も私にはよく分からない。なぜならそう、バカであるから。

自虐でも卑屈になっているわけでもないけれど わたしは正真正銘のバカであることを真摯に受け止めている。そのくせ父親ゆずりの真面目さも持ち合わせている厄介者なので こうしてバカについて言及した記事を書いたりしてしまう。わたしの真面目なバカさは例えるならば、獲物をつかまえようと何日もかけて作った罠に自らかかるだとか、悪党をこらしめようと張り切って深く深く掘った穴の場所を忘れて自分が落ちるだとか 徹夜で完璧にこなした宿題を丸ごと家に忘れるだとか そういった類のもののような気がする。

頭が良い人は頭が良いからいくらでもバカのふりをすることができる。それが女の子ともなれば 意中の人の前であざとくとぼけてみたりすることも容易いのだろうけど、わたしはどうだ。あえて聡明なふりしようものなら、あれよあれよとすぐバレる。悲しいことにバカは会話の節々にも現れてしまうらしい。バカとして21年歩んできてようやく最近気づいたが、どうやら治る見込みはない。ならば別のところ伸ばして行かなければならず、自分のバカさにウンザリすることも不甲斐なく思う時も多々あるけれど バカだけど明るくてバカだけど素直でバカだけどだれよりも正直に生きて、日本一付加価値の高いバカを目指していくほかない。