パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です

ゆうべ見た悪夢の話

そこはわたしの家で、確か夜で、両親は眠っている。突然猛烈な吐き気に襲われてわたしは暗闇の部屋を這いずってトイレに辿り着く。そのトイレは六畳ほどの部屋の奥にポツンとある洋式。便器を抱え込んだままうずくまってずっとずっとずっと吐き続ける。酒を飲みすぎたせいなのか、体調が芳しくないからなのか分からない。けれどそれはとめどなく、勢いは収まることなく。いつのまにか起きてきた母親が居間にいたから苦し紛れに塩水とタオルを頼んだ。すると床にもう一人母親が寝転んでいることに気づく、しかしそれが本物ではないことは何故だかすぐに理解した。そのもう一人の、「偽物の母親」はとても苦しんでいるようにみえる。とても痩せこけていて、小刻みに震えている。母親だから助けてあげたいと手を差し伸べようとするも、本物の母親に引きとめられる。助ける必要などないと。なぜなら ソレ は、偽物だから。明らかに苦しそうな 偽物の母親 を横目に、わたしの吐き気はまだ治らない。吐き続けていたら父親も起きてきたが様子がおかしい。わたしを見つめるその眼差しがあまりにも冷ややかでわたしは汚したトイレを必死に拭いて泣きながら謝っていた。父親は偽物の母親を足蹴にして仕事に走って出て行った。その後ろ姿があまりにも寂しくて、虚しくて。苦しそうな偽物の母親はまだわたしに助けを求めている。助けてあげたい助けてあげたい、でも、できない。僅かに残された力を振り絞ってふらつきながら立ち上がったその偽物の母親には両腕がなかった。顔面は赤黒く腫れ上がり、先ほどまで横たわっていた床には黄色のシミがいくつもできている。ふらつく偽物の母親を支えようとしたら本物の母親に頭を掴まれ壁に叩きつけられた。どうしてこんな目にあわされているか分かってる?分からない?じゃあ教えてあげる。痛みはないが、叩きつけられた壁に血が流れているのがみえた。わたしの吐き気はまだ、おさまらない。

白いブラウス溶かしてメロディ

始まる前のあの独特な雰囲気は何ものにも例え難い。今まで感じたことのない空気に気圧されてしまいそうだった。緊張感に似ているものの、どこか浮ついた空気を肌に感じて。ほんとうは一人で見に行こうなんて大それたこと思っていたけれど、きっと入り口のネオン看板を写真に収めてそそくさと帰っていたに違いない。それほど、わたしにとって勇気のいる体験だった。場内に入ったときの物珍しそうにわたしたちに視線をむける観客のおとこのひとたちとどうしても目を合わせることができずに、足元の木の木目ばかりを気にして歩いた。

何も悪いことはしていないはずなのに、ここにいることが間違っている気がしてならなかった。開演20分前に到着したから座席はあらかた埋まっていて、わたしたち5人は前から2番目と3番目の端に別れて座った。

ステージから正面に向かって伸びる花道と予備知識で身につけた円状の回転するステージ、通称「ベッド」があった。ベッドの真正面はもちろん埋まっている。観たあとだから言えるけれど、本当はそこで観るべきだった。

入り口で手渡されたタイムスケジュールに目を通してみると、演者のプロフィール(生年月日、デビュー、スリーサイズ)と時間が記されている。ストリップの演目の数え方が「1景、2景」だということはこの時に初めて知った。場内が暗くなって、音響が響く。想像以上に音が大きくて既に緊張で高鳴る鼓動に、拍車がかかって息苦しい。それでも今から目撃する未知の世界に見入る準備はできていた。

まず初めに伝えるとするならば、「衣服を身につけていない」ことに対する抵抗感や、それを眺める自分に対する羞恥心は1景が終わる前には消え失せる。そこから先は、あっという間に進んでいくステージを目に焼き付けようと必死だった。なぜなら決して写真や映像に収めてあとから見返すことができないからだ。次のストリップ嬢はどんな演出で、どんな衣装を着て、それをどういう手順で脱いで、どんな表情で暗転からあらわれるのだろうと、いつの間にか心待ちにしている自分がいた。

これは当たり前のことなんだけど、ステージにイヤイヤ立ってる人なんてひとりも見当たらなかった。もしかしたら「やらされている人」がいるかもしれないと思っていたのに。もちろんキャリアの差がある故に表情の固さや、表現力の違いはあれどそれもまた一つの個性に過ぎなくて、どのストリップ嬢の目からも誇りや、自信や、力強い意思を感じることができた。そしてなにより自分を一番美しく表現する魅せ方を、全員が心得ていた。

ストリップはアンダーグラウンドカルチャーなんていう類にすることがそもそもの間違いで、まあ、きっと大人のなんやかしらの事情で決して公にはできないものなんだろうけど、いけないものにすることをストリップ嬢たちは決して望んでいない。より多くの人にストリップの素晴らしさを理解してもらいたいんだと、わたしたち(女性)に向けられた眼差しから汲み取れた。

身内以外であれほど赤の他人の、しかも同性の裸体を隅々まで観られる機会は日常生活では一切ない。あるとするならば銭湯だけど、不特定多数の人に「見られること」を意識し、磨き尽くされた完璧な裸体を目撃することはないはずだ。自分との違いや演者一人一人と見比べることもまた一興で、恐らく自分のフェチシズムに合うストリップ嬢が必ず一人はいるんだろう。

終演後、わたしたちは興奮冷めやらぬまま浅草の街を歩きながら、感想を共有して帰路についた。口を揃えて観に来てよかったと漏らし、ストリップ嬢の艶やかな指先の動きを真似てみたりしたものの、到底及ばなかった。

かつて300軒ほどあったストリップ劇場は今や全国で20箇所ほどしか存在せず、現存している劇場も経営難や風営法とのせめぎ合いの中で衰退の一途を辿っている。東海地方唯一の劇場がありがたくも岐阜にあるので、一度足を運んでみようとおもう。

椿町発展街⑤

 

モテるでしょう、顔を見て目を合わせるたび男の人は皆、そう言う。そんなことないですよ、わたしは謙遜を試みる。夜の仕事に従事するおんなのこたちは皆、自分の価値を知っている。それが年を取るたびに磨り減っていくものだということを知らない。価値のあるうちは下手に値が下がるようことじぶんから絶対にしないし、価値のわからない男には決して親切にしないだろう。

初めて会うお客様に与える第一印象ってすごく大切で、席に着いた時きちんと目を見て話せるか否かが場内指名を貰えるチャンスに繋がるのよね。ほら、人は7秒で印象が決まるって言うじゃない。いただきますってはにかみながらグラスを突き合わせば、コンマ1秒で相手は堕ちるの。わたしくらいになると堕ちた手応えは、目を見ればわかるわ。マリは焼き鳥と生ビールの中ジョッキを交互に口にしながらわたしに語り始める。

それから男の人はわたしをどうにかしてプライベートへ連れ出そうと口説きはじめるの。ぼくはこれだけお金を持っていて、こんな車に乗っていて、昔こんなことを成し遂げて、それから、それから。

話なんて半分も聞いていないけれど、すごいねさすがだねえって笑顔で相槌を繰り返せば簡単に喜んでくれるし、打ち解けたら連絡先だって教えてくれる。ここまでいけばあとは頻繁に連絡を取り合って、来店へ促すだけ。プライベートでは一切会わない。男って、バッカよねえ。

客の名前?まあ一応は聞いてあげるわ。よほど印象に残らない限りおぼえるなんて無理よ。おんなじ名前がいたら特徴も名前の後ろに書いたりして記録しておくけど例えばそうね「49歳 歯茎 色黒」とか。違う違う、悪口なんかじゃないって(笑)お客様の大切な情報なんだから。わたしに忘れられるよりはずっといいでしょう?

マリは大学時代に始めた夜の仕事からすっかり抜け出せなくなって、26歳になった今もなお続けている。若さを振りかざして闘えるのは20代前半までだなんて口が裂けても言えなかった、これからも言わない。マリはこの仕事がきっと、好きだから。「そういえばこの前きたお客さんなんだけど」わたしよりずっといろんな人間に会う機会が多いから出会ったお客さんの中で印象的な人がいれば話してくれる、中には常軌を逸した変人の話なんかもあるから、この言葉で始まる体験談はいつ聞いても面白い。ところが、マリは中ジョッキと食べかけの焼き鳥をそっと置いて話し出した。いつもと様子が違うようだった。

「好きになっちゃったみたい」 先週末にきた若い客に恋をしたと切り出してきた。職場の付き合いで仕方なくやってきた男は夜の店にきたのは初めてだといって、店での振る舞い方や、システムについて尋ねてきたのだという。武勇伝をひけらかすわけでもなければ口説いてもこない、ただただ世間話をして1セットで帰っていった。このエピソードのどこに彼女がその男に惚れるに至ったロマンスが散りばめられているのかといえば私にはまるで分からなかったけれど、確かにマリにとっては隣に着いたその瞬間から自分がその男に惹かれる音がしたのだという。彼にマリの笑顔は通用しなかった。なぜなら一度もこちらに目を向けてこなかったからだ。

椿町発展街④

 

椿町発展街①

椿町発展街②

椿町発展街③

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先輩からの着信に気づく。それは二次会が解散して帰路につこうとしていた矢先の出来事だった。へべれけの先輩が言う「華木、まさかもう帰ろうとしてんのか?夜はまだこれからだろうが!」帰りたい、と真っ先に思ったけれど、入社2年目のぼくが大先輩の誘いを断れるはずもなく感情が声に表れてしまわないよう平静を装い、応える。

「どこへ向かえばいいですか?」
椿町だよ」
「えっと..もう一度お願いします。」
椿町発展街だよ!」

いつもの居酒屋じゃないのか。「わかりました、向かいます。」スマホのナビに言われた名前を語りかけると、店ではなく商店街の外れにある入り組んだ路地裏が表示された。どうやらほんとうに、街の名前のようだった。乗り込もうとしていたバスの停留所から繁華街まで続く大通りへと歩き出す。さすがにこの時間は、週末といえど人の数はまばらだった。ふたつ目の信号を右に曲がると見えてくるコンビニエンスストア、それを超えてさらに左に曲がると路地を示す大きなアーケードの入り口に突然出迎えられた。街の名前が記されたネオンの看板は所々黒ずんでいて、見るからに古い。二十数年はここに門を構えているんだろう。一番最後の「街」の文字だけが、虚しく点滅していた。

アーケードをくぐり抜けると、所狭しにスナックやバー、あるいは得体の知れない怪しげな店が軒を連ねている。一度先輩に連れられて風俗街に足を踏み入れたことがあるけれど、そこよりはもっとこう、ポップな感じ。至る所で千鳥足のサラリーマンが群れを成してお互いの肩を支えあいながら右往左往、騒ぎ歩いていた。先輩に再度電話をする。

椿町?つきましたけど、どこですか?」
「そのまま真っ直ぐだ、突き当たりに3階建てのピンク色のビルが見えてくるからそこの二階な、急げ馬鹿野郎!」と、半ば乱暴に通話を切られた。

酒癖の悪さは社内ダントツ。小さく舌打ちし急ぎ足で酔っ払いたちの脇をすり抜けて向かうと、周りの建物に比べてひときわ趣味の悪い、ピンク色の電飾が施されたビルを見つけた。二階に上がるとすぐに、曇りガラスで中の様子が全く見えない自動ドアが立ちはだかっていて、勢いよく開いた瞬間、いらっしゃいませ〜、と女性たちの気の抜けた甲高い声が店内に響き渡った。先輩は既に鼻の下を伸ばしながら電話での態度とは打って変わって、おーやっと来たか、とにこやかな表情でぼくに手を振った。既にぼくへの関心が消え失せたのか先輩は、両脇にいる若い女たちをそばまで手繰り寄せて、クダを巻いていた。こういったつまり、なんだ、キャバクラ?に来るのは初めてのことだった。フカフカのソファに相反する強張った体で周りの様子を伺っていたら、隣に華やかなドレスで着飾った女が笑顔で座って、おしぼりを差し出した。胸元にあるネームプレートを確認してみると、カタカナで「マリ」とある。

「初めまして、マリです。」

ソファに腰掛けるやいなや気がつくと内太ももに手が滑り込んできて、ぼくのパーソナルスペースなどお構いなしだった。仕事柄、普段まったく女性と関わりのないぼくにとって、マリと名乗る女から漂ってくるコロンの甘ったるい香りや、至近距離で向けられる真っ直ぐな眼差しに胸が高鳴ったのは言うまでもない。

これはぼくとマリが初めて出会った、長い長い夜の話。

梅雨生まれ

 

 かかってこい、まだ見ぬ未来。

と、今日の自分めがけて啖呵をきってから早一年。本日をもちましてわたしは22歳です。今年もたくさんの祝福を全身に浴びながら、このブログを更新します。毎年わたしが産まれた日を覚えていてくれて、ありがとう。

もちろん今年も住んでいるアパートの屋上から特大のスピーカーを2つ用意し、緊急速報よろしく町内放送で私の誕生日だということを知らしめたいくらいには、浮ついていました。

もしかしたら今でもあの人は、今日のことを思い出しながら梅雨の空を仰ぎ見て、憂いてくれているのでしょうか?なんて、センチメンタルはさておき、覚悟はしていたものの、驚くほど21歳から22歳への移り変わりに劇的な変化はありません。極めて平凡。祝われることは心の底から嬉しいけれど、バースデーケーキの上で揺らめくロウソクの本数には興味がない。

誕生日とはまるで関係のない話ですが、わたしは年に一度のペースで、運命的な出会いを引き寄せる不思議な力を持っている。今年もきちんとその力が発揮されたのか、良い出会いがあった。ここで言う運命的な出会いとは、これから伴侶になりうる存在という意味ではなくて、生き方や物の見方、価値観その全てがぐうの音もでないほど共感できる人間のことを定義しています。

こんな出会いがこれから先もまだまだ待ち受けているのであれば、歳を重ねていくことも、変わり映えしない毎日をぼんやりと過ごしていくことにも、意味があるような気がしてならないのです。日々を生きていくということは、忘れられない巡り逢いへ続く伏線の回収。とでも言おうか。これがわたしの生きる価値だとしたら、歳を重ねることになんの抵抗もないのです。

個人的見解ではございますが21〜24までの間のおんなたち、区別つかなくない?だいたい同じでしょ。25あたりから妙に落ち着いてきて、大人びていくように思う。去年までの自分と大差はないとはいえ、去年より化粧がうまくなり、去年より美味しいものを食べ、去年より胸を打つ数多の音楽に出逢い、触れ、また一年分は、人生が豊かになったようにおもいます。

今日この日まで大病も大怪我も、なにひとつ患うことなく無事に生き長らえさせてくれた神よ、めっちゃありがとう。まだまだ生きたい、わたしはまだまだ生きたいし、生きなくてならないんです。

来たる23歳は母が父と結婚した年齢だ。わたしの王子様は一体全体どこにいるのかしら、隠れてないで出ておいで。もしかしたらとっくにもう、出会っているのかもしれないワ。

かくしてわたしは吹き消したロウソクの煙を眺めながら、こう呟くのでした。かかってこい、まだ見ぬ未来。

 

椿町発展街③

 

椿町発展街①

椿町発展街②

好きな男の前でとことん従順になってしまう女なんて、この世の中に掃いて捨てるほどいるんだろう。そんな女どもの気が知れない。なのに、いつからだ、わたしも気がつけばそちら側の女だった。

ずっと伸ばしていた自慢の黒髪を鎖骨あたりまで切った。今まで一度も染めたことのないヴァージンヘアを、ミルクティーブラウンに染めた。それは決して指図されたわけでも、懇願されたわけでもなかった。ただ店で知り合った好きな男が、そういう女のほうが好みなんだと、わたしの部屋でテレビを観ている時、ワイドショーに出演しているグラビアアイドルを眺めながらぼそりと呟いた。それだけのことだった。

この髪型をどうやら私はとても気に入っている。鎖骨まで切ったことによる視覚的な変化はよっぽど大きかったのか、友人や客の反響は想像以上だった。美容院に行った翌日、話題の中心がじぶんに向けられる優越感は味わったことがない。はにかみながら当たり障りのない謙遜を並べて、慣れない褒めの言葉をありがたく胸に留めた。

「リラなんで髪切ったの?失恋?」出勤前の更衣室で、アザミだけはイヤな半笑いを浮かべながら執拗に理由を聞いてくる。見当違いも甚だしい。「別にそういうわけじゃないんだけど」無愛想に言い放ち、全く逆の理由であるなんてことは言わないでいた。なんせアザミは口が軽い。自分の身の上話もさることながら、他人の噂話も分け隔てなく人にべらべら話す。まあ、そこに悪意はないからどうにも憎めないんだけれど。

ただひとつ、一番に見てもらいたい人からの連絡は、あの日わたしの部屋を訪れた夜から一切来なくなった。自分からするのはなんだか気が引ける上に意地も邪魔して、一度もしていない。ひさしぶりに連絡が来たのはもう随分と髪の色も抜け落ちた、2カ月後の週末だった。

「リラ遊ぼうよ〜」なんて、この野郎、どのツラ下げて。バカバカしくて、携帯を放り投げベッドに突っ伏したも束の間、数時間後には入念に化粧を施して待ち合わせ場所で行儀よく待っているじぶんを、愛おしく思う。

「久しぶり〜あれ?髪型変えた?絶対前の方が似合ってたじゃん(笑)おれ、リラの長い黒髪すごい好きだったのになー。」

この世に掃いて捨てるほどいる「好きな男の前で従順になってしまう女」はきっと、幸せになれない。時間がかかるかもしれないけれど、もう一度髪を腰まで伸ばそう。黒髪に戻そう。

ここは椿町発展街、ほんの少し不器用で、不幸せな女の子たちの居場所。

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椿町発展街②


椿町発展街①

「だってそうでもしないと、別れてくれなかったから。」

丁寧に整えられた爪と、細長い指のあいだにタバコを持って、深く吸い込んで吐き出す煙の中にみえたあまりにも悲しい表情に、おもわず見惚れていた。

アザミさんの横顔が好きだ。高く筋の通った鼻梁、腰まである長い髪をかける小さな耳、顔の輪郭そのすべてが、うつくしいひとだった。

21歳で結婚し一度店をやめ、離婚を機に先月戻ってきた店のナンバーワンアザミさんが打ち明けてくれた昔話を、待機時間に聞いていた。週の半ばのこの時間に来る客なんて殆どいない。互いの指名客がくる予定時間まで余裕は十分にあったから、暇つぶしがてら話をする予定が、思いのほか踏み込んだ内容にまで発展してしまった。気まずい素振りを醸し出すことすらも失礼にあたる気がして、さほど興味がないふうな顔を装って、一言一句聞き逃さないように聞いた。

元夫と呼ぶことさえも愚かな男の嫉妬と束縛は想像を絶するもので、表向きは専業主婦であったものの、その内訳は監禁に程近いものだったらしい。外部との交流はすべて禁止されたその異様な結婚生活に耐えられるはずもなく、結婚してまもなくアザミさんから別れを切り出した。無論、一筋縄ではいかなかったようだ。

一度、店に出勤してくるやいなや大声で泣き出し、傷だらけの足を抱え込んでうずくまるアザミさんを見かけたことがあった。ひどく酒に酔っていてその日はずっと裏方にいた。きっとあの日その男との離婚に関するやりとりのすえに暴力を受けたのだろうと思う。暴力のひとつやふたつ、やりかねない。

やっとの思いで離婚を承諾されたにも関わらず、要件を飲み込むために突き出された条件はお金だった。愛も、情すらも感じられないその選択に、落胆するアザミさんの表情は安易に想像できた。別れ際に金を引き合いに出してくるなんてアザミさんに見合わない、さぞかし下品な男なのだろう。「わたしなんで間違っちゃったんだろうね。子供がいなかっただけ、まだ救いよ。」鼻梁にシワを寄せて笑う独特な微笑みは、悲しげだったけれどいつも以上に美しいと思った。大人になると女は悲しいときほどよく笑うようになってしまうらしい。

結果、自由と引き換えにその男に貯金300万円をすべて渡して家を出た。決して安くはない金額に対して、1mmたりとも後悔はないと言った。

そんな話が終わる頃には、「まあ昔の話だけどね」なんて愉快に笑い飛ばしていた。わたしも合わせて笑った。しばらくしてアザミさんの指名客が訪れた。大手商社の代表取締役を担う、この店では名の知れた常連客だ。

「そんな男には絶対、引っかかっちゃダメよ?」なんてひとかけらの説得力もないアドバイスを投げかけて、客席に向かうアザミさんを目で追いかけながら思う。

やっぱりアザミさんの横顔が好きだ。

ここは椿町発展街、おんなのこたちは過去の記憶もあの時の感情もねじ伏せながら、今日も、笑顔で。

スプリング・ハズ・カム

四月が来てもわたしは原宿の裏通りにある花屋の前で100パーセントの男の子と運命的にすれ違う見込みなどなく、それどころか75%の恋も85%の恋もする兆しすらなかった。かつて100パーセントだった男の子のSNSは2日に一度覗いていて、この野郎もうここまできたら彼が彼にとっての100パーセントの女の子と結婚するその日までネットーストーカーを全うしてやる。木っ端微塵にあなたへの思いが砕け散るまでずっと見届けていれば、その頃には、きっとわたしも。

食べ物の前で無様に非力なわたくしは、特に見せる相手もいないせいか六キロも太った。就職活動なんか早々に嫌気がさしてきて、説明会も履歴書もろくに行かず書けず、狭い部屋で自己嫌悪にまみれながらのたうち回っている、そんな春。桜はどうやら今週末には見頃をむかえるのだそうです。

先日、めちゃくちゃ嫌いな女と偶然最寄り駅で真正面から鉢合わせた。逃げ場なんてなかった。嫌いな女を嫌いたらしめる過去の出来事なんて、まるで綺麗さっぱり忘れ去ったかのような満面の笑みを浮かべ手を振ってきて、拍子抜けしてしまった。人を嫌いでい続けることは、好きでい続ける以上のエネルギーを有するとはよく言ったもので、互いに許したわけでも許されたわけでもないけれど、別にもう、正直好きでも嫌いでもなんでもなかった。他人以上友達未満な関係といえば収まりがいい。わたしも対抗して笑顔で手を振り返してやればよかったんだけど、さすがに突然の出来事でうろたえた。あの状況で笑顔をひねり出し更には手まで振ることができる精神力に恐れおののく。ものすごく露骨に、嫌な顔をしてしまったのは大人気なかった。もう二度と鉢合うのは御免だ。

味覚にしろ、自身の体験にしろ、苦味を味わえるようになってきたのは大人に近づいた証だということでここはひとつ。コーヒーがおいしい、バイト帰りの一服がなによりの至高。少しずつほんの少しずつだけど、自分が大人に変わりゆく手応えを感じている。四年目になってやっと大学に在籍して本当に良かったと気づき始めたと思えば、400万円で手にした自由は残すところあと一年もないらしい。自堕落で愛おしい、宙ぶらりんの毎日を嚙みしめて。

はるぎらい

 

どうして年度の変わり目と別離の季節を、春にしたのか昔の人の方針に納得がいかない。出会いの季節でもあるなんて言うけれど毎年あたらしい出会いに比べて、別れのほうがよっぽど多いとは思いませんか。そもそも出会いと別れを同じ季節にするなんて、どうかしてる。

せめて別れを冬にしておけば、どうしようもなく立ちはだかる切なさの矛先を厳しい寒さにむけて、紛らわすことだってできるだろうに。四つもある季節のうちにこんなにもあたたかくて、あたらしい植物が彩りを増す明るい季節にする必要はなかったんじゃないだろうか。

寒さがやわらいだ春の陽気を肌に感じて、桜の開花宣言のニュースを目にするたびに、頭をよぎる過去のさよならのワンシーンに胸をしめつけられてしまう。いつだって大切な人とのお別れは暖かいこの季節が連れてきた。

ほとんどのお別れは一生会えなくなるわけではないし、国内なら都合を合わせる意思があれば、会いに行ける。それでも身近に存在し共有してきた時間が長ければ長いほど、そのひとから受けてきた施しが多ければ多いほど、別れは辛いしいつまでも慣れることはできない。出会ったからには別れなければならない厄介な世の常に抗う事もできずに、別れ際にこれまで積み重ねてきた 今 がどれほど大切だったのか思い知らされる。

「縁があって、天が動けば」

これは恩師がおしえてくれた大切な言葉。きっと何回離れようと、別れがあろうと、縁があればまた会えるんだろうと信じています。執拗に出会いに感謝するやつらがすごく嫌いだったけど出会いに感謝せざるを得ない場合もあるのだと、だいすきなひとたちとの別れを経験してやっと理解することができた。別れを惜しむほど大切に思えるひとたちに出会えることは幸せなことなんだろうなあ。別れたひとたちにとってわたしもそう思われる存在でいれてたら嬉しいです。「繋がりのなくなったあともそれぞれの暮らしは続いていくのであって、友情や愛情が過去形となって尚、幸せを願う。共にあった日々の愛おしさ、素敵な人生を」

 

きみのヒーロー③

きみのヒーロー①

きみのヒーロー②

毎日を健やかに過ごしていくことも、いくらお金や時間をつぎ込んでも惜しくないと思える生き甲斐があることも、信頼できる友人がたくさんいることも、なんだかんだものすごく将来に希望を持っていることも、なにひとつ悪いことなんかじゃない。だってわたしは、まだ生きているのだから。

叔母さんのもとから帰ってきたお母さんが明け方わたしの寝室を訪れてきつく抱き締めてきた。母親に抱きしめられるなんてのはいつぶりだったろう。そのときに強く思ったことがある。それは決意に近い、とても簡単なことだった。「このひとのために絶対わたしは先に死んじゃいけない」なにがあっても死んじゃいけないんだってたった3秒間抱き締められただけで、思った。どんな終わりであろうと、あれがあの子の運命であって、わたしの命はまだ続くのだと。わたしは命題を課せられた。罰ではなく、命題を。

わたしがこんなにも強いのは、ひとりでも十分に生きていける力がついているのは、今この時のためだったのかもしれない。小学四年生のときにお母さんに一度だけ 死にたい  と泣きながら訴えたことがあった。わたしの家は四階だから下手したら助かる高さだけど飛び降りようとしたことがあった。コンマ1秒で平手打ちが飛んできた。親に殴られたのは後にも先にもそれだけだった。もしかしたらあの瞬間があるのとないのとではまた人生は大きく変わっていた可能性がある。

笑顔の裏に、努力の陰に、強度や種類は違えども人はそれぞれ悲しみを抱えている。

救えなかったこんな身近な命のことを生涯忘れるはずがないけれど、いつまでも感傷に浸るほどわたしの毎日は退屈ではなくて。

会わない時間のほうが長かったぶん、立ち直りも早かった。あなたの諦めた人生をわたしがしっかり請け負った。わたしはわたしのためだけにわたしの人生を生きるけど、その重さは二人ぶんということにする。