パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です

きみのヒーロー②

昼間、人と会っている時や用事を済ましている時は全然平気。いつも通りで、何も考えてない。なのに夜になると、夜が更けると、どんどん不安になってきて 罪悪感に苛まれてきて、今日この日を楽しく健やかにすごしてしまったことがひどく後ろめたく思えてしまってとってもつらくなる。悲しくて寂しくて人が亡くなるっていうのは、人が一人いなくなるっていうのはこういうことだったんだね。

おじいちゃんが亡くなった時は、きちんと命が終わる順序を見せてくれたというか、まあ歳も歳だったし。それなりに納得して死を受け入れることができたから、悲しかったけどちゃんとさようならができた。でも今回はぜんぜん違う。突然いなくなっちゃってさよならもできなくてもう二度と会えなくて。十数年も会ってなくて思い入れもあまりないことがまた切なくて。血が繋がっている家族が、たったひとりの従兄弟がいなくなった悲しみは、すごくすごく大きい。

亡くなった本人のきもちは憶測でしか考えられなくて、もしかしたら死んでよかったって思ってるのかもしれない。あーあやっと楽になれたなって、次の人生に期待をこめた行動だったのかもしれない。ほんとうのところは何も知ることはできない。でも残された人たちのことを考えると本当にいたたまれない。叔母さんはご飯も口にできなくて、ずっと自分を責めて後悔しながら泣いてるんだって。いまは寄り添うことしかできないし、叔母さんまでおかしな真似してしまわないようにしておかなきゃ。悲しみがまた別の悲しみを生んでしまうことだけは、阻止しなくちゃいけない。

そんなひとりぼっちの夜に突然悲しみの波がドッと押し寄せてきてたまらなくなってsnsに頼った。誰かに聞いて欲しくてひとりじゃどうしようもできなくてたすけてほしくて。でも友達なんかに気軽にできる話じゃないし、共有するには少し重すぎるからって、悩んでて。

そしたらすぐに連絡をくれたひとがいた。あ、彼氏ではない。電話して吐き出したら心の鉛が外れたみたいに軽くなって、声を出して泣くことができた。そのときやっと従兄弟が自殺したんだって言葉にして受け入れた。

そのひとは取り留めもない話をずっと聞いてくれただけ。内容が内容だったし、わたしはワンワン泣いていて 掛ける言葉が見つからずに困らせたと思うけど、ただ聞いてくれるだけでよかった。めちゃくちゃに救われた。聞いてくれたのがその人でよかった。その人も吐き出す先が俺でよかったって言ってくれて友達には話さなくても大丈夫だよって、悲しみをはんぶんこしてくれた。本当にありがとうありがとうありがとう。

やっぱりその夜もなかなか眠れなかったけど、吐き出す前よりはだいぶ穏やかな気持ちでいれた。ただ言葉にして吐き出すだけでこんなにも救われることがある。難しい言葉とか誰かのどこかの受け売りの言葉なんか必要なくてただ寄り添って吐き出して受け止めてくれる人がいるだけでこんなにも違うんだって思った。従兄弟にもこういう存在が一人でも一人だけでもいたら変わってたのかな。わたしも誰かが同じような状況に陥ったら、ぜったい同じようにしてあげるんだ。

きみのヒーロー①

ありきたりな感情だけど、悪い夢だったらいいのにっておもった 昨日の夜は眠れなくて頭が痛かった。朝からお母さんが電話に向かってむせび泣いていて現実みたいだった。今朝 憔悴しきっているであろう神奈川の叔母さんの元へ向かうためにお母さんを駅まで送ってきた。亡くなったのはもう一週間も前の出来事だった。マンションから飛び降りたとのことで、何階からかは聞けなかった。

やるせない って多分今使うべき言葉なんだと思う。やるせないよ、なにも施してあげられなかったんだもん。世界はね、ほんの19歳で全てを理解できるほど狭くはなくってさ、地平線の先が見えてくるのはもう少しあとからなんだよって教えてあげたかったな。世界はこんなに広いんだ、ぼくはどうしてこんなちっぽけなことで悩んでいるんだろうって思わせてあげれてたら、結末は違ったかもしれないとおもうんだけど。でもきっと、そうじゃないんだよね。そんな容易いことじゃなかったんだよね。あの子はあの子にみえている世界の中で狭いとか広いとかじゃなくって限界だったんだよね。でもさ、まだ小説でいっても まえがき あたりだったんじゃないの?まだ物語の序章にもさしかかってないのに自分で破り捨てるなんてひどいよ。死ぬ勇気があるくらいなら生きることだってできたんじゃん。飛び降りてうっかり助かっちゃって骨折ぶら下げた手を親にぶん殴られてふざけんなって怒られて。ぼくは死んじゃダメな人なんだって思い知らされればよかったんだ。なんで死んじゃうかなあ。わたし死にたいと思ったことなんかない。まだめちゃくちゃ生きたい。行きたいライブがあるし出会いたい人がいるし聴きたい音楽があるし読みたい小説があるし食べたいご飯があるし。就職も結婚も出産もぜんぶ一通りやりたい。失敗するかもしれないけどやりたいよ。だからまだ、全然生き足りない。

助けてあげたかったなんてよく言うよね、こんなに生きたがっているわたしが死にたがってるひとのきもちなんて分かるはずないんだもん。だけど、わたしがどうしてこんなに生きたがることができるのか少しくらい教えてあげれたとおもうんだけどな。それからおまえ男でしょチンチンついてるんでしょって一発股間蹴り上げて喝入れて、真っ直ぐに続く道のこと教えてやりたかったな。あの時はまだお互い、ケツ青かったもんね。成長したきみはわたしの背丈を超えていたんだろうか。

残念ながらばーちゃんきっと老い先短いだろうし、それなりに覚悟してて。近い将来そういう場で会って久しぶり変わったね、って言い合うの楽しみにしてたんだけど。ケツが青かったときの顔しか思い浮かばなくてごめんね。わたしのことはきちんと覚えてくれてるのかな。

線香、あげさせてもらえないみたい。さよならも言えない。法律っていうのはさ、お堅いものだよね。みんな泣いてるよ。ちゃんと愛されてたんだよ。なにに絶望しちゃったんだよどれだけ追い詰められてたんだよ、ほんと。そっちに行ったってつまんないでしょうが 何があっても何を思っても終わらせたらダメなんだって、それだけはほんとにダメだって。馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎。ほんとにほんとに馬鹿野郎。わたしあんまりひとに暴言吐かないけどさ、馬鹿野郎だよ。

わたしはこれからも生きるよ、ずっとずっと。きみのぶんまでなんて綺麗事絶対に言わない。言ってやらない。わたしはわたしの人生をきちんと全うする自分で手放したりしないから、見ててよね。気づいてあげられなくてごめんね、力になれなくてごめんね痛かったかな辛かったかな苦しかったかな、たくさん悩んだよね。ほんとはほんとは死にたくなんかなかったよね。良い人生を生きたかったに決まってるよね、でも、楽になれましたか。悲しいよ、すごくすごく寂しいよ。いまはただ悲しみに打ちひしがれるしかできない。ひどく、無力だ。

利他主義とバクシーシ

 

先日読んだ記事にあった 印象的な一節。

ちょっとした親切に感謝の念を抱いたのなら、あなたも誰か身の回りの困っている人に、同じようにちょっとした親切を施してください。いや、別にお金をあげてくれとかそういう意味ではないです。自分のできる範囲で、ささいな親切を施してくれればそれで結構です。

ここに出てくる バクシーシ(施し)

これは日本でいう「因果応報」と同じだろうか。「情けは人の為ならず」にも似たニュアンスを感じる。よくインドへ自分探しの旅にでる人々はもしかしたらこの概念を学ぶために行くのかもしれない。わたしにはバクシーシの精神が欠けている。最近よく思う。わたしのまわりにいる友人たちにはこれが程よく身につけられていて 当人たちにとればなにも特別なことではないようだけれど、わたしにとってそれは日常的に意識するにはとても難易度の高いものだった。自分以上に相手のことを思いやる、いわば「利他主義」がまるで備わっていないとかんじる。

これは一人っ子であることが大きく関係している。といったら全世界の一人っ子に失礼に聞こえるのかもしれない。が、生まれた時から愛情を一身に受け育ち、それを折半するでもなくおなかいっぱい独り占めして蓄えながら この歳まで生きてきた者は少なからず兄弟がいる者たちよりかは分け与えるだとか、自分よりも相手に尽くす「利他主義」に欠けているのではないだろうか。

そんなことを思いながらsnsで人の誕生日について考えていた。誕生日は、冠婚葬祭の次にその人の、ひととなりが垣間見える瞬間なのではないかとおもう。祝いを施す人、物、規模。それが派手であればあるほどその人が周りにもたらしてきたバクシーシを感じられる。

もちろん自分の誕生日は素晴らしいものだった。すばらしくなかった年は、ない。何人もの人がわたしのために祝いの言葉を、ものを、気持ちをくれた。それに対してわたしはきちんと返すことができているのだろうか。不安になった。自分はあれだけ祝ってもらったくせに、感謝しているくせに同じ大きさのお返しができないのだ。それは金銭的余裕にも関係するけれどそれでももう少し人のために自分の身を削るべきだと、自分の中にいるもう一人の自分が言い聞かせてくる。毎月の給料は自分の娯楽に当てているし、プレゼントをくれたあの子にはまだ返していない。物の有無で感謝の念は計れないといえど一番わかりやすい気持ちの伝え方であることは確かだ。

なによりもひとを優先して考えられるとある友人が不思議で仕方ないし見習うべきだと心底思う。バクシーシのようにその人に直接ではなくても、自分が受けた恩はあらゆる形で人に与えていかなければいずれ、循環が滞ってわたしには回ってこなくなってしまう、そんな不安に苛まれていた。一人っ子だからなんて言い訳はよして、わたしは人のために生きれる人になりたい。まだまだわたしの芝生は青くない。

椿町発展街①

PM:6:00

コンビニのトイレで化粧が崩れていないか隅々まで確認する。よし、ちいさく声に出して気合いを入れた。古ぼけたネオンのアーケードをくぐり抜けてピンク色に光る店の入り口の手前、客引きの男の人を横目に会釈する。あのウィンドブレーカーだけじゃ風邪ひいてしまわないだろうか、なんて同情も数歩先には忘れていた。10cmのピンヒールで急すぎる階段を注意深く駆け登って、扉を開ける。鼻をつく染み付いたタバコとほこりの匂いが充満した店内に到着すると、開店時間まであと15分だった。

PM6:45

履き古された色とりどりのピンヒールが散らばる更衣室を、足で乱暴に掻き分けながら自分のロッカーの前に辿り着く。ロッカーの中を弄って花の模様が施されたドレスを手に取るといそいそと着替え始めた。最近太ったせいだろうか、後ろのファスナーを閉めるのには少し時間がかかった。名刺とハンカチと煙草を小さいポシェットに入れて、ライターを下着と胸のあたりに挟み込む。すぐ取り出すことができるように。更衣室を出て最後にもう一度、姿見で自分の体をよく見てみる。ドレスを着てしまえばわたしは立派なキャバ嬢で、源氏名である マリ に一瞬でなれてしまうのだ。野暮ったい普段の姿から、これほど派手に変身する様はまるで悪者と戦う勇敢な美少女戦士のようで、有名なあのセーラー服のアニメの主人公がするポーズを真似てみたりして。

現実は禿げ上がったおっさんたち相手に笑顔と愛想を振りまいてお酒を注ぐ、田舎のキャバ嬢なんだけど。生唾を吐き捨てるようにポーズを真似たままでいる鏡の中の自分に言い聞かせる。鏡の前でふざけていたら開店時間が迫っていることをすっかり忘れていた。

PM7:00

店内には一昔前のEDMが大音量でかかっていて、どこか不機嫌そうな目をした女の子たちがタバコを吸いながら隅で待機している。

ここは椿町発展街、クラブやラウンジがひしめきあう県内随一の歓楽街。あのアーケードの向こう側、暗闇に灯されたネオンの店で働く、おんなのこたちの物語。

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猪突猛進クリスマス

今日のためにあらかじめ用意されていたような失恋ソングを延々と聴きながら 冬の星空を眺め歩いてるわたしはまるで よくあるバンドのMVに出てくる女の子みたいだし、だれか曲にしたほうがいいんじゃない?メリーメリークリスマス、みんなはどんな夜を過ごしたの。

容姿だけでわたしが人のことを好きになるわけなんかなくて 出会ったそのときから身に纏う空気や、佇まいや、ふとした仕草にいつのまにか心を持っていかれてた。たまたま惹かれた人の顔がどタイプだった、ただそれだけ。どうしてもふたりの間にそびえたつ高い高い壁を壊してしまいたい一心で、ありがたいことに絶好の口実がそこにはあって、これを逃したらもう機会なんか訪れないんだろうなって、思って。何度も書いては消してを繰り返し、やっとの思いで送信ボタンを押した二行のメッセージは 思いのほか早く返ってきた。些細な言葉のひとつひとつに一喜一憂する感情がなんだか懐かしくてたのしくて仕方なかったな。

わたしは人を見る目だけはあると思っていて、やっぱりその目に狂いはなかったというのが本日の感想です。

今日のために慌てて買った女の子らしいコートも、デートを断った年下のバンドマンも、丁寧に整えた爪も、いつもよりうまくいった前髪もぜんぶ無駄じゃなかった。昨日までの関係のままだったら絶対に知ることができなかったであろう、実はかなり女々しい人だということ。想像以上に優しすぎるところ。想像通り真面目すぎるところ、誠実なところ。高い高い壁の向こうがわをきちんと知ることができて本当によかった。知ったことでさらに惹かれてしまったなんてことは、秘密にしておこう。

ラブソングみたいなめくるめくクリスマスを夢見ていたけれど 今のわたしにはすこし早かったみたい。必死に探したディナーにぴったりの洋食屋さんは、ランキング上位のくせに恐ろしく空いていて不安になったものの、カップルが1組だけいて安心した。おもえば世の中のカップルは普通、24日の夜にデートをするんだった。カップルではないから25日でよかったのかもしれない。

向かい合って食事をするのは驚くほど緊張してしまって、カウンター席を選べばよかったと後悔した。前菜とスープの味はあまりおぼえていない。途切れ途切れの会話がバレないように、食後の紅茶を何度も啜るフリして誤魔化して、やっぱり真っ直ぐ目を見て話してくれるところが好きだなあ、なんて呑気に思ったりして。対するわたしはどんなふうに映っていたんだろう。

久しぶりのドキドキワクワクのロマンスは あっさりすっぱり幕を閉じてしまったけれど、不思議と程よく清々しい。火照った顔に突き刺さる寒さがとても心地よい、そんな夜です。

「迷ったら勇気のいるほうへ」わたしの座右の銘はこれからもずっとこれしかないと思ってる。真ん中が割れるタイプの半熟オムライスを、初めて一緒にたべたひとが好きな人でよかった。玉砕メリークリスマス!一寸の悔いなし。素敵な時間をありがとうございました、良いお年を。

アルティメットバカの定理

人様にご迷惑をおかけしない そう決意した2日後に先輩の車の中に定期をわすれて わざわざ届けに御足労をかけさせる。時同じくしてその日11万円もする身につけているものの中で最も高価な財布を道に落とすが 親切なおじいさんが家まで届けてくださる(三ヶ月ぶり二度目)バイト先の制服が衣替えしたことをすっかり忘れ 通りすがりの見知らぬパートのおばさんに冬用のシャツを借りる。など、確固たる決意とは裏腹に 自分の至らなさ故に 人様に迷惑をかけまくることこの上ない バカにつける薬はどこにありますか?

大好きなバイト先の社員との一番の思い出。

誰に対しても 辛辣な言葉を投げかけてくる人だったけれどそこに悪意や他人をいたらしめようという感情は一切なく ユーモアたっぷりに口にし、かつその全てで笑いが取れてしまう滑り知らずのカリスマ関西人だった。だからそれを本気で咎める人間も、その人を嫌う人間も居なかった。 今でも忘れられないその人と初めて会った日にたった数時間、わたしの仕事ぶりを見て放った一言「おまえは頭のネジ、外れとるわけちゃうけど全てがゆるっゆるやな!」あまりの無礼さに衝撃を受けつつも 長年言い表せずにいた自分の性格を的確に言葉にされ呆気にとられてしまった。だってまさしくその通りだったから。わたしは、頭のネジが、すべてゆるゆる。何度も自分の中で反芻し わたしは人からこう見られているのだと深く心に刻んだ一言だった。

いまでもわたしはドジを踏むたびにこの言葉をふと思い出す ああ またゆるゆるのネジが取れたんだ。人より取れやすくなっているそのネジの締め方も私にはよく分からない。なぜならそう、バカであるから。

自虐でも卑屈になっているわけでもないけれど わたしは正真正銘のバカであることを真摯に受け止めている。そのくせ父親ゆずりの真面目さも持ち合わせている厄介者なので こうしてバカについて言及した記事を書いたりしてしまう。わたしの真面目なバカさは例えるならば、獲物をつかまえようと何日もかけて作った罠に自らかかるだとか、悪党をこらしめようと張り切って深く深く掘った穴の場所を忘れて自分が落ちるだとか 徹夜で完璧にこなした宿題を丸ごと家に忘れるだとか そういった類のもののような気がする。

頭が良い人は頭が良いからいくらでもバカのふりをすることができる。それが女の子ともなれば 意中の人の前であざとくとぼけてみたりすることも容易いのだろうけど、わたしはどうだ。あえて聡明なふりしようものなら、あれよあれよとすぐバレる。悲しいことにバカは会話の節々にも現れてしまうらしい。バカとして21年歩んできてようやく最近気づいたが、どうやら治る見込みはない。ならば別のところ伸ばして行かなければならず、自分のバカさにウンザリすることも不甲斐なく思う時も多々あるけれど バカだけど明るくてバカだけど素直でバカだけどだれよりも正直に生きて、日本一付加価値の高いバカを目指していくほかない。

31025日

今朝はやく おじいちゃんが亡くなった。

思い出話をきいてほしい。

おじいちゃんはわたしが物心ついたときからずっと耳が遠かった。それはもう手の施しようがないくらいに、補聴器などなんの意味も成さないほどに。用事でおじいちゃんのもとへ電話をかけたとき、わたしの名前を名乗ってもかならず三回は聞き返されたし、挙句セールスと勘違いされて切られることもしょっちゅうだった。顔を合わせてしゃべるときも、できる限り大きな声でゆっくりと話さなければならなかった。それでもなかなか聞き取れなくて、とんちんかんなこと言うおじいちゃんをケタケタ笑うわたしを見て、なにが面白いのか分からなかったのだろうけどニコニコと穏やかに笑う耳の遠いおじいちゃんが、わたしはだいすきだった。

若いころは和菓子職人で、たしかわたしが小学校へ上がる頃までちいさな和菓子屋さんを営んでいた。遊びに行ったときによく振舞われた鬼まんじゅうがなにより美味しかったことをちゃんとおぼえている。ほくほくに蒸しあげられたお芋とほんのり甘くてふかふかの黄色い生地。あの味とできたてのあたたかさを、わたしはきっと忘れることはないんだろう。

正月になれば、鏡餅を山のようにつくって近所の人におすそ分けしていた。普段からとても寡黙なひとで、自分から話すことなんてほとんどなかった気がする。和菓子工房でムッと黙りこんだまま機械でこねられる餅をみつめて、適切なタイミングでひっくりかえし、水をさす。できたら板に広げて伸ばし、丁寧に丸めていく。それを機敏にこなすおじいちゃんの顔は驚くほど真剣な顔つきで、口数は少なくともかっこいい職人の顔をしていた。

おじいちゃんの印象的なエピソードが1つある。ヘビースモーカーだったおじいちゃんがタバコが原因と思われる肺がんになって7時間の大手術を受けたときのこと。余命は3年余りと宣告され、手術を受けても長くはないだろうと告げられていた。手術を終えて目が覚めて、親族が見舞いに病室を訪ねたらおじいちゃんの姿がない。忽然とベッドから姿を消していたのだ。7時間の手術を受け疲労困憊した体でいったいどこへ行ったのだろうと みんなで病院中を必死に探し回った。見つかった場所はあろうことか喫煙所。おじいちゃんはまるで悪びれた様子もないまま当たり前のようにタバコを咥えていた。親族はみな呆れ果てたそう。おじいちゃんは懲りることなく退院後も変わらずタバコを吸い続け、あの大手術から15年も生き伸びた 。なんたる大往生だ。

最近は会話という会話をしたためしがない。耳の遠さは数年前よりずっとひどくなっていたし もうほとんどの聴力を失っていたのかもしれない。それでも会いに行くたびわたしの姿を見るやいなや手を振るおじいちゃんの笑顔は、なにひとつ変わらなかった。親族が亡くなるのは21年生きてきて初めてのことで、なんだかあまり実感がわかないままでいたけれど、おじいちゃんの眠るすがたを見たら、ジワジワと悲しみの波が押し寄せてきた。もう少しおじいちゃんといろんな話をしたらよかった。そういえばふたりで写真を撮ればよかった。もっとわたしの話をしてあげるべきだった。そんなありきたりな後悔ばかりが浮かんでは、消えていった。

病気の人は亡くなったら、苦しみから解き放たれ自由になれると聞いたことがあるけれど、耳の遠さってどうなんだろう。変わらないものなのかな。だとしたら、お墓参りに行くたびわたしは手を合わせて、大声で、それからできるだけゆっくりと語りかけなければいけないね。そしたらきっとおじいちゃんは何をそんな必死に喋っているんだ?何も聞こえやしないよ。それより煙草は持ってきたのかい。なんて言いながら、ニコニコ微笑みかけてくれるのでしょう。どうか大好きなタバコでもふかしながら、わたしたちのこれからをしっかり見守っていてください。ねぇちゃんと、聞こえてる?

ある夏の歴史的瞬間

そうそうこれだ この暑さ これが夏だった

わすれかけていた去年の夏がよみがえるような暑さがやってきた 気づけばセミはせわしなく鳴いているし 朝起きたら汗だくだし これでもかというくらい冷えた麦茶がおいしい 街へ出れば容赦なく降り注ぐ 焼け付くような太陽と どこを見てもなんだか色の濃い街の景色 だいすきな夏はまだ 始まったばかり。

先日 幼馴染がお母さんになりまして とても感慨深い気持ちになると同時に大きな幸せをおすそ分けしてもらった じぶんの体からもうひとり人間が出てくるというのは一体どういう感覚なんだろう 考えてみようともまるで想像がつかない 親からよく聞いていた鼻からバスケットボールがでるほど痛い みたいな比喩はなんだか現実味がわかなくて いやきっと自分がその立場になるまで現実味なんて到底わきそうもないのだけれど。

幼馴染のことなのにとにかく果てしなく 他人事のように思ってしまえた。わたしと同じ年月を生きてきて わたしにとっていつもと変わらないあの日のあの数時間に幼馴染は 人生のうちで極めて歴史的な瞬間を過ごしたわけで 自分より大切なかけがえのない誕生日を迎えたわけで 母親という肩書きを得たわけで。

わたしはまだしがない大学生をやっているし自分の子供を産むなんていうのは まだ先の先の未来のお話だと思っている 案外そう遠くない未来なのかもしれないね 幼馴染はこれから いつもと違う夏を過ごす 自分より大切な人生を育てていくんだ お母さんにならないとわからない喜びや悲しみに直面して お母さんにならないとわからない幸せを感じながら生きていく 一足お先にお母さんになった幼馴染はとてもたくましくみえた おめでとう心から これから訪れるすてきな日々が幸せであふれますように

自慢の芝生の作り方

 

カワ on Twitter: "隣の芝生が青すぎてまぶしい"

 

隣の芝生は青いという他人のものはなんでもよく見えてしまう様子を表すことわざがある。ツイートは少しわたしなりの解釈で意味を誇張しています。

わたしの成し遂げられないことをあっという間に成し遂げて、わたしでは到底手に届かないものをいとも簡単に手に入れて、わたしが喉元でひっかかり、遂には飲み込んでしまう様々な言葉たちを大きな声で言うことができて。

そういった人たちを前に、きまってわたしはポツポツとまばらに生える自分のカッコ悪い庭の芝生と比べておちこんでしまう。わたしの芝生はいつもどこか惜しくて、取るに足りなくて、人様にお見せするにはいささか恥ずかしい。

それでもけっこう悪くないじゃんと自信をもてるときもあれば、すくすくと成長を感じるときだってある。せめて自分だけでもこのしょうもない芝生のことを認めてあげなくてはならない。でもきっと輝くあの芝生の持ち主たちも、別のステキな芝生を眺めては同じことを考えているのかもしれない。

いつだって健全な劣等感は伸びしろを含んでいて、これが無かったらきっと一生わたしの庭が良くなることはない気がする。もっといろんな人の芝生をみて、むしり抜きたくなるほど悔しい思いをすることも時には必要だ。想像してる以上に凡人は周りの環境におおきく影響されることは知ってるかい。周りには自分よりずっと青々と茂る上等な芝生を側において、囲まれながら目を肥やし、芝生を育ててゆくことはなにより大切である。

幸運にもわたしの周りにはたくさん憧れの芝生をもつ人たちがいて、日々その作り方や手入れの方法を学んでいるところ。芝生自体は変わることはないのだろうが、育てかた次第で、水やりを少し工夫するだけで、いくらでもステキな芝生にすることができる可能性があるはず。

比べて落ち込む暇なんてない、いつかわたしも言われてみたいな「あなたの芝生は青くて眩しい」

バースデーガールの憂い

 

「ハタチを過ぎたら誕生日がたのしみではなくなってしまう」

散々人生の先輩たちから、そうおびやかされてきた。

20歳と書いてハタチと読むの "本気と書いてマジ" みたいで好きだった。もう一生、名乗ることはできない。日本のエライ人たちへ告ぐ、各年齢の別称を考えてみるべきであると。

例年通り、日付が変わる瞬間は携帯を握りしめながらみんなからのアクションを待ちわびていた。年に一度主役を飾れるこの1日に胸が高鳴らないはずがなかったし、口角は下がることを知らずそれはそれは浮かれていた。たとえるならば、すれ違うひと一人一人に "わたくし本日誕生日なんです" と伝え握手を求める、あるいはプラカードを空高くかかげ、祝ってもらいながら街中をねり歩きたいほどに浮かれていた。なにが「ハタチを過ぎたら誕生日がたのしみではなくなってしまう」 だ。いくつになろうと誕生日はなにより圧倒的に特別で、かけがえのない日であることに変わりはない。

今年も両手で抱えきれないほどの祝福をありがとうございました。年々祝ってくれる人が増えていくことがあまりにも嬉しい。わたしは自己肯定感が低いから周りからどう思われているのかすぐに不安になってしまうけれど、恐らくその心配は必要ないみたいだ。年に一度、ふだんは目に見えない愛が可視化される日といっても過言ではない。

ところで、わたしはきちんと21歳にみえていますか。毎年重ねる年齢に、どうやら心がついていかない。年を取りたくない理由の1つに、「あらゆる責任の重さが増すこと」がある。20歳まで許されてきたことが、21歳ではなんの前触れもなく突然許されなくなるのかもしれない。そういったものがすごく怖いのです。ほんとうは後ずさりしながら10代に逃げてしまいたい。そんなふざけたことも言っていられないほどわたしたちは驚くべき速さで年をとってゆく。若さという儚いものを武器にすることはできないのだと、気づいてしまうにはまだ未熟すぎるのかもしれないけれど。年相応の立ち居振る舞いを身につけてスキップしながら迫り来る老いに挑んでいきたい。

恒例の誕生日の写真(わたしの家族は毎年ケーキのまえで写真を撮るサイコーのしきたりがある。)は、節目のハタチで終わりかと思いきや、なんと今年も行われた。一年ぶり21度目の両親とケーキを囲んで、電気を消し、バースデーソングを手拍子で祝ってもらう。今年も照れくさくて仕方なかったけれど、めちゃくちゃに愛されていることがお分りいただけるだろうか。こみ上げるありがとうのきもちとともに、ロウソクの火を勢いよく吹き消した。いつかわたしが2人から離れていくその日まで、やるつもりなのかもしれない。

こうして今年も無事、幸せに満ちた主役の1日は幕を閉じ、わたしは誕生日から一番遠い明日を迎える。果たして21歳のわたしに起こりうる一番悲しい出来事とは?一番嬉しい出来事とは。一年後ここに書き記す物語も、どうか素晴らしいものでありますように。

かかってこい、まだ見ぬ未来